赤髪REYさん

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『最高速度』

黄昏を背に臨む台場の海はここが都会だということを忘れさせてくれるような、そんな景色だった。東京を象徴するロボットみたいなビルの数々は大海原を自由に進む船。社会という過酷なしがらみを必死にかき分ける僕らを揶揄するようにその船は夜の帳を自由に泳ぐ。その美しく眩い水飛沫に僕は心から酔いしれた。『東京にもこんなところがあったんだ』そんな陳腐でありふれたセリフが口をついてでる。大自然にしても、大都会でも、映画だったとしても、絵画にしたって。人間が感動というものに衝突した際に、まずはじめに語るに落ちるのは『陳腐でありふれた感情』だと僕は思っている。その時の僕も同じだった手の届きそうなところで光り続ける遠すぎるネオンをなすすべなくただただ眺めていた。そんなこんなで僕のお話を少しさせていただく。先日台場に行った時の話である。東京の夜景を舐め回すように爪の先から頭の先まで見尽くした僕は、台場にある有名なハンバーガーショップに立ち寄った。ラージサイズのジンジャーエール(後で少し後悔する)とチェダーチーズの入ったハンバーガーを頼んで窓側の席に腰をかけていた。少しして、商品が届くと僕はそのトロけるチェダーチーズと香ばしいハンバーグの香りにすでに満足感を得る。が、しかしここで問題が起こる【このハンバーガーは一体どうやって食べればいいんだ??】目の前には僕がいつも食べている某有名チェーン店のような薄っぺらいハンバーガーではなく、値段相応の、もしかしたら言い方が少し悪いかもしれないが、そんじょそこらのハンバーガーとは値段も箔も違うハンバーガーがそのボリュームをこれでもかというほどに主張して横たわっている。目の前にはマスタードとケチャップそれと付け合わせでついてきたオニオンリングとポテト。頭を抱えながら正しい食べ方を模索して周りをキョロキョロしていると、隣に座っていた外国人のカップルの食べ方に驚愕した。ボーイフレンドが笑顔でバンズにマスタードを塗りたくりハンバーグと野菜の間にオニオンリングをぶち込み、嬉々としてそいつにかぶりつく(ガールフレンドはインスタのために一枚パシャり)初めからルールなんてなかったんだ。我々日本人は(自分を軸として日本人を語らせていただく。異論は認めるがここから先の文章を楽しく読み解くためにはここは一度僕の軸という船に乗っかっていただきたい)ルールに則って行動しがちである。自分の中の教科書に載っている情報で判断し、自分という秤で物事を測る。そしてそのルールブックに載っていない事柄に出会った時、周りを異様に気にして、周りと同じような当たり障りのない答えを導き出す術を知らず識らずのうちに学び、生み出している。なんてオリジナリティのない生き方だろうか!!一方、隣のカップルは各々干渉することなくそれぞれの食べ方を楽しんでいる。いとも当たり前のように。その姿を見て僕は心底感動したのだ。その日から僕は『ハンバーガーの食べ方』というどこかの安売りでみんなが買っていたから、習って購入したバイブルを捨てて、自分で描くことにした。自分の教科書はどこにも売ってないのだ。自分自身で歩いて走ってサボってまた歩きながら描き続けて作っていくものなのだ。PS.ユーモアを忘れないように。

音楽の不思議な力

ついこの前、1週間連続投稿が終わったと思ったのですが、今度は今日から毎日投稿が始まりました(笑)トップバッターを切らせて頂くのは わたくし REYでございます若者の一大イベント(?)なるハロウィンも終え、11月に入り寒さも増してきましたね僕の家では、もうこたつを出して、毎晩愛犬のマロンちゃんと共にコタツでダラダラしています去年のこの位の時期も、僕らは路上ライブを行っていたのですが 今日はふと思い出した去年の冬の素敵な出来事を話そうかと思います去年の冬の12月頃 夜の新宿で我々寿司ドミナントはいつもの如く路上ライブをしていました夜9時過ぎで 僕らの演奏も熱が増していていた頃合で、色んな人に立ち止まって貰っていた時でした僕らは路上でよく スティービーワンダーのIsn't She Lovelyという曲を演奏しているのですがこの日もその曲を演奏していましたスティービーワンダーは 本当にいい曲を作るので、この曲を演奏すると、必ずいろんな人が立ち止まってくれますダンスをしながら聴いてくれる小さな子、女子高生、ちょっと怖そうな兄ちゃん、買い物帰りのおばちゃん、そしておばあちゃんやおじいちゃんも止まってくれるのですそんな中で、遠くから、6~70歳くらいのおばあちゃんが旦那さんと思われるおじいちゃんの手を引いて演奏している僕らの前にやってきましたおばあちゃんは「ねえ!この曲 凄く懐かしい。私達 昔好きだったよね」と言っておじいちゃんの手を握って 二人はずっと聴いてくれていましたおじいちゃんも 凄く嬉しそうに聴いてくれていました寒さでろくな演奏も出来ずそれまで内心「早く帰りて〜」なんて思っていた僕も思わず口許が綻んでしまいましたドラムを叩いていた太一と目を見合せて「良い演奏届けなきゃな!」と目配せをしたのを今でも覚えています不思議な事にその時、僕にはそのおばあちゃんとおじいちゃんが自分とそんなに歳が変わらない歳若いお姉さんとお兄さんのカップルのように見えた気がしますそれぐらい楽しそうに聴いてくれていたので、とっても寒い日だったのに 心の底から暖かい気持ちに包まれましたあれは、僕が見た幻想だったのかなぁいや、もしかしたらあの演奏をしていた時だけ、二人は本当に若返っていたのかもしれない音楽には、どこか不思議な力があるのかもしれませんねスティービーワンダーの名曲、皆も聴いてみてね↓↓

気がつけば1週間。時間が経つというのはこうも早いものなのだなとしみじみしています。今日はずっと朝からベースを弾いていたのでまるで高校生の時に戻ったみたいでした。

高校卒業から6年経ちますが……ああ……6年も経ったのか…………………こんばんは気がつけば1週間が経とうとしてますあおいです。なんとか青髪&踊ってみたデビューを避けらてホッと一安心ただ罰ゲームがあるからというわけではなく、普段の思ったことをつらつらと書いていくというのは重要ではないのかと思った1週間でした(まあ、この1週間の原動力は確実に罰ゲーム回避ですが)今日はずっと朝から今までベースを弾いていたのでこれといって事件があったわけではないのですが、弾いててふと高校生の時に戻ったような感じがしましたあの時は時間がいっぱいあったんで休みの日は朝から晩までずっと弾いてたのを覚えてます。………友達から誘われても断って弾いてたりもしたんですが…そのせいで多分友達だいぶ減りましたが…一時期死亡説流れましたが……………………………心が重たくなったんで練習って大事だなということでこの話題は終わり!本格的に書くことがなくなってますあと今日あったことっていえば、昼過ぎにチョコパイ買ったくらいですねあれ冷やすと美味しいんですよ一日中家にいるとこうなるんですねよくわかりましたこれからは適度に外に出ようと思います。そしたら明日の事でも話そうかな明日はレコーディングがあるんですよ僕の大好きなスタジオでレコーディングなんで楽しみですどんなものが出来上がるのか、明日の頑張り次第なんで一生懸命弾いてきます!そしてこれにて寿司ドミナント1週間投稿が終わったわけですが………明日とある発表をしたいと思います………!皆さんもお気付きの方がいるかもしれませんが、これ1週間とか言いながらその実1週間➕〆で1日あるんですそして明日僕の〆投稿にてあることを発表したいと思います明日を楽しみにしてて下さい……!それでは!

近世において米というのは経済の基盤であるため領主層にとっては自らの収入に直結するものであった。そのため酒という産業は近世を通じて度々規制がかけられていたのである。

どうもこんばんはただ今満員電車で人生という荒波にも似た何かに揉まれているあおいです。機材があるので人の目が痛いです。何人か絶対僕に殺意っぽい視線があるのですがそういうのは気にしたら負けだと思ってます嘘ですすみません今日はTwitterやらブログやらライブやらでちらほらでてる僕の音楽面以外こ事についてお話ししようと思います。ブログタイトルがいつにも増してわけわかんなかったのはそのためです。僕の研究内容を紹介するコーナーです僕は大学で歴史を勉強していまして、日本史の近世史(江戸時代)を研究してます。江戸時代つっても色々あるわけで、勿論全て隈なく研究してるわけではないです。僕が研究しているのは江戸時代の「酒」についていわゆる日本酒の研究をしています。ただ、日本酒の造り方となると理系の分野に片足どころか腰まで浸からないといけなくなってしまうので僕がやってるのは日本酒の流通と消費社会経済史の研究に当たります。小難しく言うと、地域産業の展開やら資本主義の内発的発展やら色々あるんですがここではざっくりと「地酒を誰が生産しどう流通しどのように消費されてたか」と考えてもらえれば大丈夫です。では知ってれば通になれる(かもしれない)日本酒談義すたーと日本酒の産地と聞いてみなさんはどこを思い浮かべます?やっぱり新潟とか宮城とか北陸、東北あたりを思い浮かべますかね?それとも獺祭とかの山口?僕はやっぱり東北北陸あたりを想像しますただ江戸時代はそうではなく、関西が一大生産地でした具体的には伊丹や灘という所です。この辺りは「上方(かみがた)」と呼ばれていました当時上方からのお酒というのは「お上から下って来る」酒として「下り酒(くだりざけ)」と呼ばれていました。現在でもある銘柄だと剣菱や男山がそれに当たります。では関東はどうだったのかこれが酒に関しては上方に押されぱなし、押されるどころかマウントとられてタコ殴りにされてる状態と思ってもらえれば大丈夫です。関東酒は上方の下り酒に対して「下らねえ酒」と呼ばれて馬鹿にされてたみたいです。くだらねえの語源はコレみたいですよじゃあ、どのくらい違うのかというのを酒造家の生産量で見てみるとその差は歴然です。酒の生産量は「石高」で表されます。そして当時は「酒造株(しゅぞうかぶ)」という免許のようなものを持ってないと酒の生産は出来ませんでした。そしてその株には個人が生産してもよい量が決められてました。関東の酒造家は50石や100石程度、多くて1000石あたりです。ちなみに1石は180リットルです。対して上方の酒造家は3000石や5000石、8000石の酒造家もいましたもうね量が違いすぎるこっちがスライムとドラキーのパーティでエスタークとデスピサロやらに挑むようなもんです。そりゃあ質も量も勝てず下り酒がどんどん関東に入ってくるようになります。この西の勢いは凄まじく、通常村の中にある1つの家が酒造りを行うのですが中には村単位で酒の醸造に特化した場所も発生し、酒をつくる家、桶を作る家、酒を運ぶ家など分業化が進んでいきます。そして新酒を運ぶのも全力、新しいもの好きな江戸っ子へいち早く自分達の酒を売るため新酒を江戸へ運搬するのはさながらレースそのもの当時は車なんてものはないので船で運ぶのですが、新酒番船と呼ばれる船が西宮と大阪に配置され太鼓などが打ち鳴らされる中一斉にスタートします。関東でも幕府主導の「関東御免上酒」というブランドを作ろうと画策するのですが開始直後から不評が続出する事になります。「御免のかひなし」と言われたりもしてます。つまり御免という幕府お墨付きを持ってるのに大したことないという事です。美味しくなかったんですね笑なんでここまで差がついたのか一説によると酒を作る際に最終行程で「火入れ」という作業があるのですが、それを関東の酒造人は体得できなかった、からとも言われてます。他にも色々理由はあると思います。生産するための地盤であったり、長年築きあげた販売網であったりと大手は大手である理由があるはずなのでしかし現代では関東でも美味しいお酒はいっぱいあります!僕の地元の千葉でも抜群に美味しい酒があります。梅一輪って言うんですけどおススメです。そんなこんなで今日は僕の研究内容のさわりにもなるかわからないですけどその端っこを紹介しました!もし好評なら今度はもう少し踏み込んでお話しします笑小難しい話でしたが読んでくれてありがとうございます!それではまた!

1週間連投って何書こうかな…ネタ被らないかな…とか考えていて中々気を張った感じなんですが、毎日続けることの大切さと難しさを実感してます。薄々気づいたかもしれませんが、タイトル思いつかなかったんです

こんばんは毎日ブログのネタを考えることって中々難しいことではありますが、それと同じくらい意外と楽しかったりするもんです。そんなことを考えていたらこんな時間になってしまいました。あぶねえ今日は以前Reyが僕らの結成秘話をお話ししてた中で僕の事にも触れてたんですがそれを僕目線でお話ししようかなと加入する以前は何をしていたのか、どんなバンドをやってたのかあのハンドルネームはなんなのかそこについて今日は書きたいと思います。遡ること2018年1月僕は寿司ドミナント加入前のバンドで活動していました。今でこそインストでジャズをやってはいますが、当時やっていたバンドはギターロックギタボ、ギター、ベース、ドラムとテンプレみたいなロックバンドでした前年にレコ発企画を成功させ、さあ今年もがんばるぞいと意気込もうとしたところで僕はバンドを辞めます笑理由は色々ある上にめちゃめちゃ重たくなるので大まかに話すと僕に不満があったようでその理由が・メガネがダサい・服装がおしゃれじゃない・学校に行っているこんな感じのことをメンバーに言われたのを覚えてます笑きっと僕が気づかないところでやらかしてしまったのだろうと反省しつつバンドは辞めるわけですが、次のバンドのアテがあるわけでもないさあ困ったまあ新しくバンド探すしかないなーと思いいそいそと新バンドに向けて動き出しましたそんなこんなで1週間後何組かのバンドとスタジオに入ったりしたのですが、どうにもしっくりこないこれはもうバンドできないのかな〜困るな〜と候補バンドとのスタジオ後の電車で考えてると一通のメールが到着開いてみると差出人は「赤髪REY」ここでReyから連絡が来たのです。ちょっと前に彼のページはふらっと見たことはあるのですがそんなに詳しくは見ておらず、あしあと付けたからそれでかな?と思いメールを開くと「ベースが抜けたから加入しませんか?」というような内容よく見てみるとバンド名は「寿司ドミナント」どっかで聴いたことあんな…そうだ、太一君てドラマーがいたわそんでもってその子が組んだバンドが寿司ドミナントって名前だった気がするすぐさまTwitterで検索ビンゴ太一とは僕が辞めたバンドを結成する時、ドラマー候補として加入直前まで行ってたのです笑加入がなくなっても連絡先は知ってたのでたまーに情報が流れてきてその時に寿司ドミナントって名前があったのをぼんやり覚えていたんですこれは中々面白いんじゃないかと思い送られてきた音源を聴いてみるとこりゃすごい総武線快速の中で何回もリピートしました笑そらもう何回もそんでもって加入もしてないし返信すら送ってないのにベースラインを考え出してました笑こんな素敵な音楽を作るバンドに断る理由なぞあるわけもなく、是非一緒にやりたいとの旨を送り一度セッションへそこでれいよと出会うのですが、れいよの記事でもあったように彼の先輩と僕は高校でバンドを組んでるなど共通の知り合いがまあ多いこと多いこと意気投合するのは早かったです笑あまり運命とかってのは信じ難いものとしているんですが、ここまで出来上がった話があると信じざるを得ないですよね僕もこれは音楽の神だかバンドの神だか、もう誰でもいいけど誰かが「この3人でバンドをやれ」と言ってるような気がしてならない瞬間でした。そしてれいよが気になってた僕のハンドルネーム「四迷」これの由来は僕が好きな作家に「二葉亭四迷」という作家がいたのと、僕が好きなビールで「シメイブルー」というのがあり、当時僕がハンドルネームを考えた時に思ったのが「(四)弦奏者が音楽に(迷)ってる」という今の僕の状況が面白いなと思って付けましたダブルミーニングならぬトリプルミーニングですね笑そんなこんなで運命的という言葉が似合ってしまうバンド結成秘話サイドストーリーでした笑この運命だか必然性だかが巡り合わせだけでなくバンドが長く皆さんに愛されるものになるのも必然であることを祈りながら今日もいそいそと練習に励む私でありましたとさ皆さんも人の出会いを大切に!それでは!

車や自転車、電車や飛行機といった便利なものがある世の中ですが僕は「徒歩」こそ最強のツールだと思うんです。どこへだっていけちゃう素敵なもの「徒歩」いい響き! ちなみに今僕は電車の中です。

どうも皆さん寿司ドミナントの鉄壁の右サイドバックと呼ばれて久しいあおいです今日のネタは僕の初めてのバンドにしようと思ったのですが気が変わりましたなんか、こう一気に話しては勿体ないかなと思ったのと、今日のネタはカメラロール見てたら思いついたやつなのでホットな方からお話ししますReyがブログで散歩好きと言ってましたが、僕も負けず劣らず散歩好きな人間なんです僕が散歩好きになったきっかけはReyみたいに曲を覚える時に始めた…なんてことはなく、小さい頃におじいちゃん家に泊まった時とかに毎度朝起きて散歩に連れてってもらった事で色んなところへ歩くのが好きになりました。小学生の夏休みとかで友達と遊ぶ予定がなかった時とかは昼から夕方まで家の周りをずっと歩いてたりしてました笑(そもそも遊ぶ友達がそんないなかったため、週3くらいそんな感じだった)最近の散歩で印象的だったのは川崎で路上ライブをやった後、いつも通り帰ろうと電車に乗っていたら、終電だったこともあって大混雑押しつぶされながらも耐えに耐えて乗り換えの駅秋葉原についた……しかしお り れ な い僕は出口と反対の端っこで潰されており、しかもそこでそんなに人がおりない荷物がなければ頑張っておりたのですが、機材が誰かによって掴まれていて動かせない無情にも閉まるドア動き出す最終電車帰れない私結局田端まで送還され、降りれたことは降りれましたが当然電車に間に合うわけもなくどうしようもなかったので一先ず秋葉原に戻り時刻を確認AM0:40ここで普通の人なら「漫喫に行くか」とか「朝まで飲むか」とか「カラオケ行くか」とかそういうルートになると思うんですよ僕が選んだ選択は「始発まで歩くか」秋葉原から行けるとこまで散歩(デスマーチ)が開始しましたその時の僕はスーツだったため革靴の上、路上ライブの機材一式を持ってるという重装備冗談抜きで本当にキツかったです。

僕が音楽をはじめたきっかけを語ろうと思います。一昔前に「○○と語りたい~」みたいな文章流行ったじゃないですか。「話す」ではなくて「語る」という表現面白いですね

  こんばんは 寿司ドミナントの青い閃光ことあおいです二日目の今日は僕がなぜ音楽を始めたのかお話しようかなと思います!  僕が音楽を始めたのは高校一年生の春、4月の半ばか終わり頃だった気がします。   当時僕は水泳を幼稚園からずっと続けており、選手として中学ではクラブで練習していました。そんな感じだったので高校でも水泳を続けようと思い入学したのですが    高校にプールがない   まあこれは知ってはいましたが(笑)どうも一年が新しく部活を作れるかというとそうれはちょっと難しい さてどうしようかと  中学同様クラブで練習するつもりだったのですが、部活に何も入らないのも味気ない バスケとかも考えたのですが、そうなると多分水泳できないてかバスケやったことないしなあ…とかぼんやりと考えていました   そして四月には多分どの高校にもある新入生歓迎会があるかと思います。僕の高校にもありまして先輩たちによる部活紹介がありました。サッカー部は簡易ゴールみたいなのを作ってシュート練やったり、バスケ部はフリースローやったりしていて(携帯いじりながら友達と話してたのでほとんど見てませんでした(笑))そして最後あたりにでてきたのが「ギター同好会」  歌とアコギとスネアのアコースティック編成で出てきてました。  正直そんな興味もなかったのですが、初めて見る編成…というかバンド編成すら知らなかったので「あれで演奏すんの…?正気…?」みたいな感じでした(笑)そんなマイナスの興味によりちょっと見てみようと目と耳を向けてみると演奏はゆずの「夏色」 ドラムのカウントでスタートした演奏を聴いて   電撃が走ったのを覚えてます  尺の都合上サビしか演奏していなかったのですが、初めてバンドの演奏を意識して聴く音楽は衝撃的という言葉がぴったりでした。三人しかいないのに音楽ができている体育館がその人達の音楽で支配されてる楽しそうに演奏してる!と、思ったのを覚えてます  そこで普通の人ならその日の放課後に入部するみたいな展開なのですが…  あ、いや、行ったんですよ?活動してる教室には  ただなんか知らない人がいっぱいいて  教室入る勇気なくて帰りました(笑)   そしてその一週間後、中学からの友達を半ば強引に引きずり込み突撃し先輩から説明を受け入部することになります。僕の音楽人生がここでスタートするのですが 皆エレキギターを買い、僕は何をトチ狂ったのかアコギを購入そう、僕が最初に手に入れた楽器はアコギだったんです 初めて買ったギターはチューニングがあってなかったのですが、当時の僕はチューニングという言葉を知ったばっかでやり方がよくわかっておらずネットで合わせる音(6弦ならE、5弦ならA)を再生しとりあえずペグを回しまくりました 音を高くする方に  絶対音感や相対音感など有るわけもなく、今なってる音が何なのかも分かるわけもなく気が付いたら6弦が切れました(笑) 替えの弦なんてあるわけもなく買った初日は何もできず終了切る前に試しに弾いてみましたが、弦の押え方が雑魚すぎて解放弦以外「ヴィィぃん…」みたいな音しかでずヘイト値MAX  初めてのバンドをやるのはこの2ヶ月後ベースをはじめるのは半年後になります。    そのあたりは明日かな!!!お、明日のネタが自動生成されましたな(笑)  明日は「あおい、初めてのバンド」になる・・・・かもしれません(笑)気が変わる可能性があるので「かもしれません」で    それではまた!  

ALL MY LIFF

あと10分遅かったら、もう立ち止まっていなかったかも知れない。帰り道のルートを変えていたら。電車が遅れていなかったら。待ち合わせの場所が違ったら。気分が良かったから聞いた。気分が悪かったから気分転換に。イヤホンをしていたら、きっと聴こえなかった。今日ここで演奏していなかったら出逢えなかった。お仕事終わりの方々。ちょっと酔っ払った方。我々の音楽を肴にお酒を嗜む方々。海外からいらっしゃっている方。お一人で来られる方もいれば、カップルで見てくださる方もいる。ずっと我々を応援してくださっているみんな。ありがとう。『彼女にフラれたけど君たちの音楽ですこし元気が出たよ』少し寂しそうにHeart Leafを聴いてくれたお兄さん。(最後別れた彼女の写真を見せられてなんかこっちまで胸が痛くなったよ笑笑。お元気ですか!)『明日死のうと思ってたけど、君たちのお陰で元気が出た。もう少し生きてみることにするよ』そういって大笑いして帰っていったおじさん。さすがに冗談だよね??笑笑でも嬉しかった。長生きしてください。そしてなんと、寿司ドミナントのファンの方々が路上で出会って、仲良くなって一緒に飲みにいったらしい!!すごく嬉しい!!(今度は僕も入れてください…笑)今日も見にきてくださって、ありがとうございます!思い出も感謝も数え切れないくらい!たくさんの人に見てもらえてたくさんの人に支えられて僕らは今日も元気に演奏できます。辛いこともたくさんあるけれど大好きな音楽を大好きメンバーで演奏できることが幸せだし、本当に楽しいです。これからみんなでの感動と思い出を作っていきたいな!!おやすみなさい!